大判例

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仙台高等裁判所 昭和26年(う)714号 判決

控訴人 被告人 白石弘道 淵岩

弁護人 高橋万五郎 袴田重司

検察官 馬屋原成男関与

主文

本件控訴はいずれも之を棄却する。

当審における訴訟費用のうち国選弁護人高橋萬五郎に支給した分は被告人白石弘、同袴田重司に支給した分は被告人道淵岩の負担とする。

理由

弁護人高橋万五郎の陳述した被告人白石弘に対する同被告人名義及び同弁護人名義の控訴趣意並に弁護人袴田重司の被告人道淵岩に対する控訴趣意はそれぞれ別紙記載のとおりである

被告人白石弘の控訴趣意について

しかし記録を精査し原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示事実は優に認定することができるのであつて、記録を精査するも原判決の事実認定に誤りがあるとは認められないから論旨は理由がない。

弁護人高橋万五郎の被告人白石弘に対する控訴趣意第一点及弁護人袴田重司の被告人道淵岩に対する控訴趣意第二点について

刑法第二百三十八条の脅迫は、他人を畏怖せしむるの目的で之に対し言論若くは身体の動作によつて被害者の身体又は意思を抑圧して其の反抗を抑圧するに足る程度の害悪を告知するを以て足り加害者が現実に其の害悪を加うるの能力を具有するや否やは勿論其の結果として必ずしも被告知者をして畏怖の念を生ぜしめたる事実あることを要するものではない。原判決挙示の証拠を綜合すれば、被告人等は共謀の上窃盗の目的で、村上三郎方屋内に侵入し金品を窃取した際村上夫妻に発見され、その逮捕を免がれようとして被告人道淵は拳銃(証第一号)を村上三郎に、被告人白石は、所携の日本刀を同人妻キエに、それぞれ擬して危害を加えるような態度を示して同人等を脅迫した事実を認めることができるばかりでなく、互に右脅迫の事実を認識して居たことが認められるのであつて右拳銃が使用出来ないものであり、日本刀が竹製の玩具であつたとしても前記所為は被害者の反抗を抑圧するに足る程度の害悪の告知にあたると認めるを相当とすべきであるから原審が被告人等の右所為に対し刑法第六十条、第二百三十八条に問擬したことは洵に相当で、原判決には各所論のような事実誤認や法令の適用を誤つた違法があるとは認められない。其の他記録を精査するも原判決には事実誤認を窺うべき事由は存しない。論旨は理由がない。

弁護人袴田重司の被告人道淵岩に対する控訴趣意第一点について

原判決挙示の証拠のうち証人村上三郎、同村上キエに対する昭和二十五年七月二十五日附各証人尋問調書を査閲するに、同日いずれも同一場所である検証現場において尋問しながら後に尋問すべき証人のいない所で尋問した旨の記載のないことは所論のとおりである。しかしながら刑事訴訟規則第百二十三条は訓示的規定に属するものであるから仮に右規則に違背して尋問が行われたとしても、その供述を無効となすものではない。故にその供述記載を罪証に供したからとて原判決に違法があるとは言い得ない。論旨は採用の限りでない。

弁護人高橋万五郎の被告人白石弘に対する控訴趣意第三点及び弁護人袴田重司の被告人道淵岩に対する控訴趣意第三点について

各所論の事情を参酌し記録を精査し、本件犯行の動機態様、被告人等の身分、経歴その他諸般の事情を総合して考察するも原審の各被告人に対して科した刑が重きに過ぎるものとは認められないから、いずれも論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に従い、本件控訴はいずれも之を棄却すべく、当審における訴訟費用は、同法第百八十一条第一項により主文第二項掲記の如く各被告人に、それぞれ負担せしむることとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 蓮見重治)

被告人白石弘名義の控訴趣意

一、私は過日保釈願書に記載いたしましたやうに私は絶対に菊地富雄と共同にて行つた事件でありまして道淵君とは共犯でありません。只々一方的に主張致し結局の処其の侭求刑並に判決となりましたが私は犯行に対し反省も致しておりますし且判決の三年の言渡しに対しては絶対に不服なぞ毛頭御座いませんが私は此の度控訴いたすことに依り道淵君対私の関係をはつきりして頂くと共に私の共犯者たる菊地富雄を捜索して載きたい念願から控訴を致した訳であります。私は勿論第二審に於て判決と同時に服罪いたす気でありますが例え数日でも保釈して頂き家庭に対し生計を企てて来たいと存じます。

二、拳銃に付て申述べますがこれに対しても検事側に於て証人等を繰出し恰も被害者に対し有利な如く論告致しておりましたが私は拳銃など見たこともない品でありまして裁判所に於て私にみせられ吃驚いたした状態であります然も後日右の品所持者を聴きましたが所持者たる上原仙一は確か昭和二十三年春頃依り知り合つた仲であります。私は右真実を申述べ此之度の件に対し再審をお願い致します。

弁護人高橋萬五郎の控訴趣意

第一点原判決には判決に影響を及ぼすこと明かな法令解釈若くは法令適用の誤り又は事実の誤認がある。

一、原判決はその理由において判示犯罪事実即ち道淵岩と被告人が共謀して窃盗を行つた際、就寝中の村上夫妻に気づかれたので、その逮捕を免れようとして被告人は所携の竹製玩具の日本刀を村上キエに擬し、同夫妻に危害を加える如き態度を示して両人等を脅迫したものである旨の事実を判示しその証拠として判示標目を挙示した

二、よつて調査するのに

(1)  被告人白石、相被告人道淵が共に単に窃盗の犯意を以て本件住居に侵入したことは原判決の認めるところであると共に原判決挙示の証拠に明かなところである。

(2)  本件住居侵入窃盗に当り被告人白石が玩具の日本刀を、相被告人道淵がこわれた拳銃を携行したことも原判決の認めるところである。しかもこれに対し原判決は強盗の犯意を認めず単に窃盗の犯意を認めたに止まることまた明かである。しかして右の事実は原判決挙示の証拠に徴しても明かなところである。

(3)  次に被告人白石の為したとする脅迫について原判決挙示の証拠を見ると (イ) 同人の司法警察員に対する第一回供述調書中に第十一項「部屋の中を探し終つてから、おかみさんが目をさまして泣いたような変な声で顔をかくしたのです。主人はおかみさんの声で目をさまし、布団の上に坐つたようでしたが、はつきりわかりません。私は初めから長さ一尺八寸位の木でつくつたおもちやの刀を持つて立つておりました。」第十二項「私は先に逃げ出したので後のことはわかりません

(ロ) 裁判官の村上キエに対する証人尋問調書中に「問、もう一人の賊を見たか、答、寝返えりしたとき白い細長いものを持つた賊がいました。(中略)問、一人の賊は室にいたか、答、いませんでした」(ハ) 裁判官の村上三郎に対する証人尋問調書中に「問、妻を呼んでからどうしたか、答、妻は布団をかぶつていました。それから妻のところには日本刀を持つた賊がいました。問、日本刀は鞘から出ていたか。答、わかりません」(ニ) 被告人白石の公判廷における供述中に「自分はもう一人の人と覆面して村上三郎方に侵入し奥の部屋に入り相手の男は金庫に手を入れた。そして村上夫妻が目をさましたので相手の男は村上三郎にピストルを突きつけた。自分も当時日本刀を所持していた」(ホ) 被告人の検察官に対する供述調書中に「主人が目をさましたので、道淵は主人の寝床の側にいて拳銃をつきつけたようでした。(中略)私はさわがれたので先に逃げ出したのであとのことはわかりません」旨 (ヘ) 被告人の検察事務官に対する弁解録取書中に「(前略)高松の湯主人達に目を覚まされたとき、私は持つて行つた玩具の日本刀の刃先の方を前に立てて構えました私が玩具の日本刀を持つて行つたのはさわがれた場合それを見せれば相手が怖るから逃げるのに都合がよいと思つたからです」との各記載があるに止まる。

(4)  先づ、相被告人道淵がこわれた拳銃を携行し、被告人白石が日本刀を携行したとしても、原判決が、それによつて同人等に強盗の犯意を認めざること前示の通りである。よつて、白石について見るのに、同人は村上夫妻が目をさましてさわいだので直に逃亡したことは前示諸証拠に明かである。被害者村上キエの証言に徴するも被告人が村上キエの反抗を抑圧するに足る脅迫をなした事実はない。また相被告人道淵が逮捕を免れるため暴行脅迫を行つたとしても被告人白石は直に逃亡しているのであつて、道淵と事後強盗の共謀乃至共同行為に出た事実がない。尤も被告人の検察事務官に対する供述調書中に記載されているように仮に村上キエに対し被告人が玩具の日本刀の刃先を前に立てて構えたとしても、村上キエは「寝返えりをしたとき白い細長いものを持つた賊がいました」事実を見たに止まり同人の反抗を抑圧するに足る脅迫を受けた事実がない。

その他全記録を調査するも被告人白石弘が村上夫妻の反抗を抑圧するに足る脅迫をなした事実、又は同人が相被告人道淵と本件事後強盗の共謀乃至共同行為に出た事実がない。

以上の次第で原判決は法令の解釈若は法令の適用を誤り、又は事実を誤認し、被告人白石に対し窃盗を以て論ずべき所を事後強盗を以て論じたものであつて、右は判決に影響を及ぼすこと明かであるから原判決は破棄を免れないものである。

第二点原判決は被告人白石に懲役三年の実刑を科した。本件は窃盗を以て論ずべきこと前述の通りであるが、仮りに準強盗を以て論ずべきものとしても、その刑の執行を猶予するのが相当である。

1、犯状が軽るい。(イ) 主犯は原審記録に明かな通り相被告人道淵岩である。被告人は断り切れずそれと行を共にしたに過ぎない。(ロ) 所携の日本刀は玩具に過ぎず、真実の日本刀の所持とは雲泥の差がある。(ハ) 被告人は本件犯罪によつて何等の利益をも得て居らず、被害者も殆ど実害を蒙つていない。

2、被告人の性格は善良である。被告人は善良な性格の所持者であるが、意思弱きため、本件犯罪をなすにいたつたもので反社会性は著しくはない。

同人は現在痛く前非を悔いていて再犯の虞はない。同人は今盛岡市仁木木工所に勤め、着実に働いているのであり且つ、若年で将来性に富み、また前科もない。

3、被告人の境遇に同情すべきものがある。同人は父を失い、母の連れ子として他家で育つたこと、鉄道技工を昭和二十四年七月の整理でやめさせられ定職がなかつたこと、等、同情すべき事由が本件犯行の遠因をなしている。

以上は被告人の公判廷における供述、証人佐々木久寿の公判廷における証言によつて明かである。右の事情を考慮し被告人の懲役刑の執行を猶予しその更生を図るべきである。

弁護人袴田重司の控訴趣意

第一点原判決は不適法な手続による証拠を採用した違法がある。原判決は村上三郎及び村上キエに対する昭和二十五年七月二十五日付の各証人尋問調書を証拠として採用している。然るに右両証人は何れも他の証人と共に右日時に検証現場に於て一しよに尋問されたのであるが右尋問調書には後に尋問すべき証人のいない所で尋問した旨の記載がない。従つて該尋問は刑事訴訟規則百二十三条に違反して行われたものと云わなければならない。そもそも右規則によつて証人は後に尋問すべき証人のいない所で各別に尋問すべきものと定めたのは証人を後に尋問すべき証人のいる所で尋問すれば互に口を合せて不真実な証言をする恐れが多分にあることを考慮した為であつて真実な証言を強く期待している法の精神からみて右規則の規定は厳格に守らるべきであり且つ右両証人は本件に於て重要な証人であるから原判決は此の点から破棄すべきである。

第二点原判決は証拠によらず又は証拠を曲解して事実を誤認した違法がある。原判決の挙示した証拠によるも被告人等が被害者夫婦の逮捕を免がれようとして脅迫した事実は認められない。只被告人等は村上三郎夫婦が目を覚ましたので夫々判示の器物を同人等に擬したことを認められる丈であつて此の場合被告人等が如何なる意図の下に斯る挙動に及んだものかを認め難い。そして被告人等が逃走したのは其の後に於て右夫婦に「火事だ火事だ」とさわがれ且つ被告人が右三郎に組伏せられた力がゆるんだ瞬間逃げ出したものであることは判示の村上三郎に対する証人尋問調書及び白石弘の警察員に対する第一回供述調書によつて明かである。

次に本件準強盗罪の成立要件である「脅迫」は被害者の抵抗或いは自由意思を抑圧する程度たることを必要とするのであるが被告人等の被害者に擬したものは一は使用不能の拳銃であり一は竹製玩具の日本刀に過ぎない(其の部屋には百燭光の電燈が点燈されていた-四二丁、四七丁裏)而も村上三郎に対する右調書によれば同人は非常に勝気な性質で目を覚まして被告人がピストルを上げるのを見るや否や丹前を被告人に被せて組つき忽ちにして此れを組伏せた上首を絞めて拳銃を奪い取つた事実が明かである。

以上の次第で被告人等が被害者の逮捕を免れようとして其の抵抗或いは自由意思を抑圧する程度の脅迫をした事実を認定することはできないのであつて原判決は此の点から破棄すべきである。

第三点原判決の量刑は重きに失する。

被告人は原審に於て犯行を否認したが今回飜然其の非を覚り一切を告白ざんげして更生を誓つている(当審に提出した被告人の保釈に関する意見書)。又被告人は所謂復員軍人であるが戦後復員軍人の犯罪は残虐なものが多いのに拘らず被告人は前記の如く本件犯行に当り其の携えたものは何等人に危害を加えることのできないものであり又被害者三郎に組つかれても何等抵抗又は反撃を試みた形跡もないのであつて被告人の性質が必ずしも悪質でないことを証明される。そして被告人は若年未熟の為今日迄法を犯すことがあつたのであるが本件につき長期間に亘り苦しい勾禁生活を送つた結果現在衷心悔悟反省しているのであるから原審の如き刑罰を与える必要がないと思料する。何卒犯情酌量の上御同情ある裁判を懇請する次第である。

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